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方広寺の大仏

全高約19mという木製大仏。豊臣秀吉が造立した”方広寺”にあった。奈良東大寺の大仏殿をもしのぐ壮大な建造物であったと分かっている。記録では文禄4年(1595)には、ほぼ大仏殿が完成していた。しかし翌年慶長元年に近畿を襲った大地震により大仏は大破してしまう。慶長17年(1612)豊臣秀頼が再興したが、寛政10年(1798)に落雷による火災で大仏もろとも焼失した。その後、天保年間に寄進された大仏木造半身像も昭和48年に火災によって焼失した。三度の災害にあったその壮大な大仏殿は再興されず、いまは大仏殿と大仏の一部であると考えられる遺物が数点残されているのみである。
「国家安康・君臣豊楽」の文字が刻まれている「梵鐘」だけが当時のまま、境内に残されている。この刻まれた銘が、家康の名を二分して国安らかに豊臣を君として子孫繁栄を楽しむという意味かと徳川家康を怒らし、歴史的有名な「大阪冬の陣」が起こる発端になった梵鐘。梵鐘の内側には、白くかすんだ部分が人型に見える。徳川家康の仕打ちにあった淀君の姿が浮かび上がっているのだと語られている。

【アクセス:市バス博物館三十三間堂前下車徒歩5分】






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