幕末に渡米しキリスト教主義学校の設立を念願して帰国、同志社英学校(後の同志社大学)を設立した”新島襄(にいじまじょう)”が明治11年(1878)から永眠する明治23年(1890)までの約11年間住んでいた洋風木造2階建て建築である。 外観はコロニアルスタイルでベランダをめぐらし、白い壁に茶褐色の木部が単純な美しさを演出している。中に入ってみれば、襖、障子の仕切がある和室、暖炉のある部屋、テーブルに椅子の応接間、ベッドが置かれている部屋など和洋折衷で明治時代の斬新な生活様式が今も感じられる。 昭和60年(1985)に京都市の有形文化財に指定されている。入館無料。(京都市上京区寺町通丸太町上る)
【アクセス:市バス、河原町丸太町下車徒歩5分】 |